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ゆんく ルドルフ・ユンク
メルクの修道院付属ギムナージウムに通い、そこで、油絵を始める。ウィーン大学でゲルマン学、ケルト語を学ぶ。1903年、哲学博士号を取得。1903年から1908年、ウィーン美術アカデミーでハインリッヒ・レフラーのクラスに入る。1904年、ハーゲンブントの展覧会に出品、最初は油絵、1906年から多色木版画。後年、カタログの装丁を手掛ける。1908年、皇帝即位記念の木版画作品を「グラフィッシェ・キュンステ(版画芸術)」にまとめる。以降、ますます版画に傾倒。ウィーン印刷局から定期的に注文を受ける。紙幣、印紙、宝くじ券、ポスターなどのデザインのほか、多数の切手をシリーズで制作(1912年ルクセンブルク、1916年オーストリアおよびボスニア、1922年から1923年、オーストリア慈善切手−即絶版)。1911年、ローマ国際美術展のカタログのカバー制作。1914年、オーストリアの「ブグラ」カタログのカバー制作(ライプツィヒ)。その他、多数の美術関係図書のデザインを手掛ける。1924年、ウィーン版画教習所の校長に就任。1925年、パリ国際工芸展の飾り文字パネルを制作。
カテゴリー:作家
ビュランとは?【 美術用語 】 銅版や木口木版を彫るために用いる彫刻刀。全長約12cmの鋼鉄製の棒で、刃先は斜め45度に切断され、菱形か正方形の断面を持っている。他端から全長の3分の1の部分で折れ曲がっており、その先に木製の握りがついている。使用法は、指で先端の方向を定めながら、握りを手のひらで押し、版面に水平に近く彫り進める。刃先はV字型に版面に食い込み、明快で硬質な線が刻まれる。抵抗の大きいビュランを自在に操り、髪の毛の数分の1の線からあらゆる太さの線までを彫刻するには相当の熟練を必要とする。ビュランは、銅版画の中でも直刻法によるエングレーヴィング版画、そして木口木版画の中心工具であって、鋭い刻線によって繊細で精密な表現を可能にする。ところで、木口木版画も含めて線刻彫版画をエングレーヴィングと総称するが、またこの彫刻刀の名をとってビュランと呼ぶこともある。 |
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