ぐるぐるアートワード
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版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉2. バルトロマイ 波流戸呂舞の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉3. アルバヨの子ヤコブ 或婆夜の子 屋仔舞の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉4. ヨハネ 世跳の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉5. ペテロ 遍天呂の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉6. アンデレ 案出禮の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉7. トマス 登増の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉8. マタイ 馬鯛の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉9. マフテヤ 摩手也の柵



版画集〈11人のポップ・アーチストII〉4. 夢想



版画集〈11人のポップ・アーチストII〉11. タバコ・ローズ



版画集〈壁〉パラシュートのある壁(表紙)



版画集〈壁〉壁と人間 扉



版画集〈壁〉1. 絵解きの壁



版画集〈壁〉2. 鳥のいる壁



版画集〈壁〉3. 壁のなかで動けなくなった人間



版画集〈壁〉4. 壁のあいだを通り抜けている



版画集〈壁〉5. 壁の前のダンス



版画集〈壁〉6. 口ひげを生やした人のいる壁



版画集〈壁〉7. 人間と壁



版画集〈壁〉8. 壁の前で用を足す人たち


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くりんく

アントン・クリンク

1898から1903年、 ウィーン工芸美術学校でアルフレッド・ロラーヨーゼフ・ホフマンに師事。1902年から1905年、 イラストレーターとして活躍、「ディ・フレッヒェ」第一巻の幾つかの作品を制作。風刺的な「ルシフェール」誌や、「地の霊」誌などの制作に従事。1903年から1905年、 家具のデザイン。1907年、 キャバレー・フレーダーマウスの装飾に従事。陶器デザインではベルトルト・レフラーとミヒャエル・ポヴォルニーも参加。1908年、クンストシャウ展の為の委員会及び彼自身が本装飾デザインした同展のカタログ制作の責任者になる。展覧会は、壁画、ポスター、本装飾関連。1908年から1923年、ハンブルグ工芸美術学校で教師を務める。この時期に多くの本挿絵制作。1909年、クンストシャウに参加する。1909年から1910年、オーストリア美術工芸展に、ベルトルト・レフラー、ミヒャエル・ポヴォルニー及びウィーン陶器製造所と共に参加。1923年から1927年、プフォルツハイム工芸美術学校の校長。1927年から1963年、陶器、油彩、水彩制作のフリーの芸術家としてカールスルーエに滞在。1931年、バーデンの芸術家協会にて個展。


カテゴリー:作家
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丸山晩霞とは?【 作家名 】

長野県に生まれる。本名は健作。1884年上京し、勧画学舎に学ぶが1年足らずで帰郷。1888年再び上京し、本多錦吉郎の彰枝堂に学ぶ。1890年、第3回内国博覧会に油彩画を出品。1895年、吉田博と出会い、水彩画に興味を抱く。1990年満谷国四郎河合新蔵らと渡米。その後ヨーロッパを巡って翌年帰国。太平洋画会の創立に参加。大下藤次郎らと水彩画講習所を開き、さらに日本水彩画会研究所へと発展させた。1911年再渡欧。1913年に日本水彩画会の創立に参加。評議員となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

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