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アッベマ



吾妻兼治郎



アデイェミ



アデイェミ



アトランタ1945+50



アトランタ1945+50



アトリエ前の庭



アドゴ



アドラー



アナツイ



アナパ



アバカノヴィッチ



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アフォラビ



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アブウー



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阿部展也



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 作家(1701)

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らすけ

オスカー・ラスケ

1892年から1898年、ウィーン工科大学でカール・キューニッヒに師事。1897年、イタリアに研究旅行。1899年から1901年、ウィーン美術アカデミーオットー・ヴァーグナーに師事。建築ディレクター、ヘルマン・ミュラーのもとで実践を積む。最初は父親のアトリエで、後に独立して、賃貸住宅やウィーンの邸宅、とりわけ、ケルンテン、ドレスデン、メーレンのエンゲル薬局、などの建築に従事。キャバレー「ナッハトリヒト(常夜灯)」の内装と装飾。1904年、はじめてエッチングを試みる。1905年、ユングブント展に造形作家として参加、その際、室内デザインにも従事する。1907年、ハーゲンブントのメンバーになる。多くの展覧会設備のデザインを請負う。1910年、「ノアの箱舟」、1913年、「パラダイス」、「小鳥のお説教」。1911年から1918年、頻繁に旅行をする。第一次世界大戦の際には、戦争画家として様々な戦線に赴く。1919年、「ノアの箱舟」のフリーズ(壁面上部の帯状装飾)、エッチング「ファースト・インプレッション」。1920年、初めて劇場の演出を試みる。1924年、ウィーン分離派メンバー。1928年、ウィーン紙大賞を受賞。キュンストラーハウスのメンバーとなる。ウィーン市から1931年、1948年に受賞。トーマス・マン、ヨハン・ネポムック・ネストロイ、フェルディナンド・ライムンド、アルトゥール・シュニッツラーらの作品のリトグラフと本の挿絵を制作。


カテゴリー:作家
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リストとは?【 作家名 】

1885年から1889年、ウィーン美術アカデミーでクリスティアン・グリーペンケールに師事、その後、ミュンヒェン美術アカデミーでルートヴィッヒ・フォン・レフツおよびパウル・ヘッカーに師事。さらに、パリで学ぶ。1897年、ウィーン分離派の創設に参加。1898年、分離派の展覧会およびカタログ制作の参加。「ヴェル・サクルム」に多数の作品を発表、寄稿。同誌の編集責任者も務める。クリムトグループと共に分離派を脱退した後、1908年から1909年、クンストシャウに参加。

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