ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


<前 (32/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


れふらー

ハインリッヒ・レフラー

ウィーン美術アカデミーでクリスティアン・グリーペンケールに師事、ミュンヒェン美術アカデミーでN.ギジスおよびW.ディーツに師事。1882年、「寓意と象徴」(M.ゲルラッハ刊)のためのデザイン。1895年から1907年、多数の本挿絵を描く。一部、義理の兄弟であるヨーゼフ・ウルバンと共作。1900年、ウルバンと二人でハーゲンブントを創設。グラーフェン・エステルナツィの城のために制作した壁画を第14回キュンストラーハウス展に出品。グスタフ・マーラーのもとでウィーン宮廷オペラ劇場の装置監督を務める。1908年、フランツ・ヨーゼフ1世の即位60周年記念式典のデザイン制作。ウルバンの協力者として、特に応用美術を担当。ウィーン美術アカデミーの教授に就任。


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

下村観山とは?【 作家名 】

現在の和歌山市に生まれる。一家をあげて上京。はじめ藤島常興に狩野派の手ほどきを受けた後、狩野芳崖橋本雅邦に学ぶ。東洋絵画共進会、鑑画会に出品し、明治22年(1889)東京美術学校に一期生として入学。卒業と同時に、助教授となる。美術学校騒動では、岡倉天心とともに辞任し、日本美術院創立に参加。正員となる。明治34年(1901)美術学校に教授として復職。2年間、文部省留学生として、イギリスで水彩画の研究などを行った。美術院の五浦移転に従い、美術学校を辞職。大正3年(1914)には、横山大観とともに日本美術院を再興し、以後、院展を中心に活躍した。帝室技芸員、フランス・サロン準会員をつとめた。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

下村観山

キーワードを含む記事
6件見つかりました。

  小倉遊亀

  小村雪岱

  下村観山

  虎図

  野生司香雪

  橋本雅邦


<前   次>

徳島県立近代美術館2006