ぐるぐるアートワード
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原勝郎



原菊太郎



原健



原丹橋



原鵬雲







ハルス



ハルトフ



春日蜿々(白梅)



ハロルドジェニングス



版画集『大鴉』『大鴉』表紙



版画集『大鴉』胸像の上の大鴉−「パラスの像へと降り立った……」



版画集『大鴉』飛翔する大鴉:書票



版画集『大鴉』窓辺にて−「ここに私は鎧戸を開け放った……」



版画集『大鴉』椅子−「床の上に漂いつつ横たわるその影……」



版画集『大鴉』ランプの下で−「嘗て物寂しい真夜中に……」



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉1. フィリポ 邊梨保の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉10. タダイ 多駄伊の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉11. ヤコブ 也胡武の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉12. シモン 指聞の柵


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しまだ しょうぞう

島田章三

1933年神奈川県に生まれる。東京芸術大学在学中の1957年国画会第31回展に初出品、国画賞を受賞、この年初の個展を開く。1958年同大学卒業、60年同大学専攻科修了。1961年国画会会員となる。1966年新設の愛知県立芸術大学に常勤講師として赴任、74年教授に就任。1967年第11回安井賞を受賞。1968年愛知県在外研修員として一年間ヨーロッパに留学。1976年第29回中日文化賞を受賞。1979年第1回日本秀作美術展に選抜出品、以来毎年選抜出品。また同年「明日への具象」展結成に参加、第1回展以降毎年出品。1980年第3回東郷青児美術館賞を受賞。1983年池田20世紀美術館で「島田章三の世界」展が開催される。1985年第1回具象絵画ビエンナーレ、以降第2、3回展に出品。1990年第8回宮本三郎記念賞を受賞し、同賞受賞記念の島田章三展が開催される。(「ピカソと日本」図録 1990年)2004年文化功労者に選ばれる。


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紫派とは?【 美術用語 】

黒田清輝を中心として形成された明治期の洋画の傾向とその画家たちを指す。ラファエル・コランに学んで1893年帰国した黒田は、印象派の技法と伝統的な主題を折衷したサロン系の外光表現を日本に伝えたが、それまで日本の画壇は脂派と呼ばれる褐色を基調として明暗のコントラストを鳶色と黒で描いた暗く脂っぽい表現が主流となっていたため、黒田の明るく感覚的な外光描写は若い画家たちに清新な感動をもって迎えられた。黒田は久米桂一郎とともに天真動場、次いで白馬会を創立し、また東京美術学校教授として後進の指導にあたり、それらの活動を通じて外光描写は当時唯一の官展であった文部省美術展覧会(文展)の画風を支配するに至った。名称の起りは、陰の部分を青や紫で描いたことを、脂派に対して正岡子規が紫派と揶揄したことによる。ほかに脂派との対比から新派、南派、正則派とも呼ぶ。

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