ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


白い日



「白地に黒」



「新−観念論」



新印象主義



深淵河童乱舞図



新海竹蔵



新海竹太郎



新古典主義



深山湖情 I



深山湖情 II



深山秋色図



深秋



新造形主義



死んだ人がわたしを産んでくれた(昭和40年7月27日母死す)



死んだ人がわたしを産んでくれた(昭和40年7月27日母死す)



シンデレラ(宮廷舞踏会)



侵入者



真の円形シャワー



新聞「ル・プティ・ドーフィノワ」



シンプソン


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しゅてーる

エルンスト・シュテール

1877年から1879年、ウィーン工芸美術学校で学ぶ。1879年から、ウィーン美術アカデミーでアウグスト・アイゼンメンガー、レオポルド・カールミュラー、ルドルフカール・フーバーに師事。1880年から1892年、ザンクト・ペルテン音楽協会のための劇音楽実験。アカデミー卒業後、処女作「月光の像」を発表。ハーゲンクラブ(カフェ・シュペール内)に入会、「ハーゲンクラブのアルバム」を発表。1890年から1898年、多数の風景画を制作。1896年、キュンストラーハウス美術展に出品の「クリスマスイブ」が金賞を獲得。1897年、ウィーン分離派の創設に参加、分離派展に出品。第14回および第18回の分離派展のカタログに寄稿。1898年から1902年、「ヴェル・サクルム」に絵と詩を掲載。1900年、精神病院に最初の入院。1915年、大戦勃発時に発表した作品「キリスト」が大賞を獲得。1917年、病気が再発し、トゥルン精神病院に入院。


カテゴリー:作家
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小川芋銭とは?【 作家名 】

1868年江戸赤坂溜池の牛久藩邸に、留守居役小川伝右衛門の長男として生まれる。幼名不動太郎、のち茂吉と改める。はじめ油彩画を本多錦吉郎に学ぶ。1888年(明治21)「朝野新聞」の客員となり、同紙に帝国議会開設のスケッチや漫画を発表した。この時から芋銭の号を用いはじめる。1893年廃藩置県で牛久に帰農していた一家のもとに帰り、農業に従事しながら制作を行った。「茨城日報」「いはらき新聞」に投稿、1911年小杉未醒と漫画展を開催した。1915年(大正4)平福百穂川端龍子森田恒友らと日本画研究団体、珊湖会を結成、1917年には日本美術院の同人となる。以後院展を中心に、沼畔や田園に題材を取った作品を発表した。明治後期に幸徳秋水などと交流し、平民主義の影響を受ける一方、老荘の思想に通じ、書や俳諧もよくした。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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  小杉放庵(未醒)

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  水急不流月

  平福百穂

  森田恒友


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徳島県立近代美術館2006