ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


<前 (32/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


うひゃちうす

マリー(ミッツィ)・フォン・ウヒャチウス

1900年から1906年、ウィーン王立工芸美術館付属の美術学校で学ぶ。美術専門学校でカール・オットー・チェシュカおよびフェリシアン・フォン・ミルバッハに師事(解剖学)。1903年、ニュルンベルクのバイエルン州立工芸美術館のコンクールで初受賞。この時から、木製玩具のデザインを始める。無数の木製動物を乗せた作品「ノアの箱舟」に対し報奨金を受ける。1906年から、ミルバッハの推薦によりパリに旅行、同地でグービル出版社の依頼により木製動物玩具をデザイン、また、動物雑誌数誌の表紙絵の木版画を制作。引続き、ニューヨークで応用芸術歴史博物館のための制作を開始。ホームシックのため、まもなくオーストリアに戻る。1908年、公共労働省の命令により、グルーデン、ザンクト・ウルリッヒのデッサン彫刻学校で教える。1910年、大学出の彫刻家ツァイラーと結婚、インスブルックの国立工芸学校に赴任。同校の教授として図画教室の指導を引き受ける。引続き、ザンクト・ウルリッヒで10年以上教職。マリア・フォン・ウヒャチウスは、ウィーン分離派創設者たちの後継世代の代表的グラフィックアーティストの1人である。彼女の仕事は、自然への深い理解に基づいており、森羅万象の多様さの中から生き物の原型を取り出す努力が作品に現れている。70年の生涯をパターンアート一筋にかけたのである。


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

ダダとは?【 美術用語 】

第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンストアルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスム抽象表現主義への道をひらいた。

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

ダダ

キーワードを含む記事
59件見つかりました。

  荒川修作

  ジャン・アルプ

  アンデパンダン展

  マックス・エルンスト

  オブジェ

  カテドラル

  ギターを弾く女と2人の女

  イヴ・クライン

  ゲオルゲ・グロッス

  芸術のイズム

  声のために

  コラージュ

  作品集第7巻「Bok3bとBok3d」

  作品集第9巻「ステューピドグラム」

  作品集第10巻「デイリー・ミラー」

  作品集第11巻「スノウ」

  作品集第1巻「2冊の絵本」

  The Signified or If No.5

  篠原有司男

  クルト・シュヴィッタース


<前   次>

徳島県立近代美術館2006