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「シュルレアリスム 彫刻・オブジェ・絵画・デッサン」展 ピエール・コル画廊



「シュルレアリスム」展 アテネオ・デ・サンタ・クルス・デ・テネリフェ



「シュルレアリスム絵画」展 ピエール画廊



シュルレアリスム革命 1-12号



シュルレアリスム国際展のマネキン人形 マン・レイ作



シュレンマー



春秋(双幅のうち「春」)



春秋(双幅のうち「秋」)



シューブラク



シュールマン



蕉陰煮茶図



障害児用おもちゃの自動車「バイオカー」“ロロ”と“ソロ”



邵氏観梅図



少女の顔



「肖像画・デッサン・宝石展」サル・デ・ザール



象徴主義



聖徳太子孝養立像



「少年の魔法の角笛」/(『ゲルラッハ・ユーゲントビューヒェライ』第4号)



初夏渡航



書簡 今泉氏宛


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つぁっしぇ

テオドール(テオ)・ツァッシェ

父ヨーゼフに学んだ後、ウィーン工芸美術学校でフェルディナント・ユリウス・ラウフベルガーとユリウス・ヴィクトール・ベルガーに教わる。父の死後、残された磁器絵付け工房を経営し特にファヤンス焼と七宝焼の細密な絵付け仕事に専念した。また、パステル画も試みたほか、「フロー(ほがらか)」、ユーモア風刺雑誌「ウィーナー・ヴィッツブラット」、ベルリンの娯楽誌「ルスティゲ・ブレッター」、ミュンヒェンの風刺雑誌「フリーゲンデ・ブレッター」に挿画を描いた。1910年以降、彼は「フォルクスツァイトゥンク(国民新聞)」のために仕事し、そこに政治風刺画を描いた。シュリースマンの死(1920年)以降、「ウィーナー・ルフト(ウィーンの空気)」の定期寄稿者となった。ウィーンの生活と社会によく通じていた彼は、ウィーンの人物像を的確なタッチでペン画や墨画にみごとに仕上げ、彼独特の愛すべきユーモアでウィーン子をニヤリとさせた。1892年3月24日、ウィーン・キュンストラーハウス(ウィーン芸術家協会)の会員となる。1923年7月、同会はツァッシェのために特別回顧展を開いた(図版・写真入りカタログ)。


カテゴリー:作家
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モネとは?【 作家名 】

食品雑貨店の息子としてパリに、生まれ幼い頃から画才を発揮する。ピサロシスレーら後の印象派の画家と交流し、1870年には、ターナーコンスタブルの風景画、そして日本の浮世絵に影響され、原色を用いて色を混ぜない方法を目指す。これは目の網膜に映るがままに描こうとする結果であった。1872年の〈印象ー日の出〉は印象派の名前の始まりとなった。自然が刻一刻と様相を変える瞬間をとらえようとし、〈積わら〉、〈ルーアン大聖堂〉、〈睡蓮〉などの連作を制作して印象派の代表者の一人と言われる。

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けんさくけっか

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