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いはら やすお 井原康雄
1932年大阪府に生まれる。1954年から62年に掛けて行動美術展に参加する。1955年に関西学院大学を卒業し、58年大阪の白鳳画廊、59年神戸の神戸新聞会館で個展を開く。1960年と61年に朝日新人展に出品し、62年、63年グループ「テンポ」展を京都市美術館、大阪のそごう百貨店画廊で開く。1963年京都国立近代美術館の「現代絵画の動向−西洋と日本−」展に少数の若手作家として選ばれ、またこの年からニューヨークへ移り住む。1965年、フレデリック・テュースチャー画廊が企画したグループ展に出品、66年にはジャドスン・チャーチでパフォーマンスを発表、67年ストーニー・ブルック大学で個展開催。1970年一時帰国し、大阪芸術センターでパフォーマンスを行う。1988年大阪府立現代美術センターの「〈今日の作家〉シリーズ」展において、過去10年の作品が展覧された。ラテックスゴムを用いて、活字や木の葉の転写を繰り返したり、アクリル系パテの平面に写真を転写したりする作品で知られている。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
アレシンスキーとは?【 作家名 】 1927年ベルギーに生まれる。ブリュッセル装飾美術学校に学び、1947年に初個展を開く。この頃、マグリットらシュールレアリスト達とも出会う。1948年パリへ旅行した後、49年から3年間、カレル・アペルらと共に結成したグループ、コブラの最年少メンバーとして活躍する。第二次世界大戦後の抽象表現における表現主義的な傾向を代表するこのグループは、短命ではあったが、激しい筆触と鮮やかな色使いで、強烈な衝撃を各方面に与えた。彼自身は記号を重ねたり並べた画面を作った。1951年からパリに移住し、絵画のみならず、壁画、室内装飾、ポスター、映画、銅版画などにも取り組む。日本の書道にも興味を示し、森田子龍と交流する。1955年には来日し、子龍と共に映画〈日本の書〉を製作した。1965年にはアメリカを訪れ、ユダヤ美術館で個展を開いた。1977年にはメロン賞を受賞した。 |
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