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しぇーふぁー カルルハインツ・シェーファー
1941年 北ボヘミアのカイザースヴァルデに生まれる。1956-61年 マイセン国立陶芸工房で陶芸作家として教鞭。1963年 ドレースデン造形芸術大学(彫刻科)に在籍。1964-66年 マイセンで石工。1967-69年 ベルリン芸術アカデミー職業学校でフリッツ・クレマーのもとで学ぶ。1968年 ソ連に3ヶ月間研修滞在、エーリク・ブラトフとイリア・カバコフに出会う。1970年以降 ドイツ民主共和国の公的な芸術界からは身を引いて仕事をする。1970-71年 ドイツ民主共和国の現実を描写するための厚紙彫刻。1980年 ダンテ『神曲』素描への最初の取り組み。1980-81年 人間の影から影の彫刻への物質化。1982年 ネガ彫刻:彫刻の型、そこでは人間の身体/人間の顔が空虚な形として実在する。1983-84年 腰掛けた老人の記念碑的彫刻のための型。1985-86年 ダンテに再び取り組む。1987年以降 厚紙彫刻と混凝紙による脆く空虚な彫塑的なオブジェへの展開。1996年現在、ベルリン在住。
カテゴリー:作家
ベルガーとは?【 作家名 】 1892年ウィーンに生まれる。1911年よりウィーン工芸学校在学。O.シュトルナートとJ.ホフマンに師事。ウィーン工房のためにテキスタイル、銀器をデザインした。同じく工房に参加していた、O.レンゲッテが1917年に編集したモード雑誌『婦人世界』のグラフィックに協力。ビミニ社のためのガラス器をデザインした。ウィーン市の建築計画に従事1920−36年、30本以上の映画のセットの仕事をし、代表的なものに1920年の「王子と乞食」、1923年の「デア・ユンゲ・メダルドウス」、1927年の「カフェ・エレクトリック」などがある。1936年からモスクワに移り、1981年同地で歿。(「ホフマンとウィーン工房展」図録 1996年) |
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