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れーむぶるっく ヴィルヘルム・レームブルック
1881年ドイツ北部のマイデリヒに生まれる。1919年没する。レームブルックは、19世紀末から20世紀初頭のドイツ近代彫刻史において、極めて重要な役割を果たした作家。デュッセルドルフの美術アカデミーで彫刻を学び始め、最初はロダンやマイヨールの作品に影響を受けたが、ヨーロッパ各地への旅を経て、1910年、パリに移住。翌年〈ひざまずく女〉を制作して、独自の作風を確立した。1914年、第一次世界大戦の勃発によりベルリンに転居し、大戦直後の1919年、38歳にて夭逝。造形芸術が、抽象表現に傾倒しようとした近代の、目まぐるしい社会の変貌の中、最後まで人間表現にこだわった作家であった。その精神には、人間の姿を真摯に見つめ、かたちとして生み出す、自らの仕事への深い自覚がうかがえる。
カテゴリー:作家
グルーズとは?【 作家名 】 ロココ絵画の絶頂期にあって、市民の道徳観、倫理観を反映した教訓画を描いた画家。グランドンのアトリエで学んだ。その後、師とともにパリに出てアカデミーの美術学校に入学した。1755年サロンに出品して一躍有名になる。その教訓的、感傷的な作風は広く一般に親しまれた。特にロココ的な感覚をひそめた少女たちの肖像画は愛らしく、その半身像や顔を数多く描いて名声を得た。晩年、革命以後は財産、名声ともに失い、不遇の中で世を去った。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年) |
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