ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


海陸戦斗図



帰り来る舟



花下躍鯉図







かがみ込んだ裸婦



鏡の前の装い



輝く光の中 No.4



かきつばたと蛙『エスタンプ・オリジナル』誌第8号より



書きものをする娘



郭子儀



角ばった肩の生きもの



『革命に奉仕するシュルレアリスム』誌 第5号



革命のためのシュルレアリスム 1-6号(2号欠)



家具つきホテル



家具デザインスケッチ 7点



かぐやひめ



掛井五郎



夏景山水図



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影


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 作家(1701)

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ほせ くれめんて おろすこ

ホセ・クレメンテ・オロスコ

1883年、メキシコ、サポトランに生まれる。幼い頃からサン・カルロス美術学校の夜間部に通う。1897年から1904年までサン・ハシント国立農業学校、国立予科高等学校に学び、農業技師の資格を取るが、04年に再び、サン・カルロス美術学校に入る。そこで、師ドクトール・アトルの、メキシコ民族主義に立った反アカデミズムの姿勢に影響を受ける。また、風刺画も描き始める。1910年のメキシコ革命以後も風刺画を中心に活動し、特に「前衛」誌には〈革命のメキシコ〉と題した連作スケッチを掲載する。1911年の国立美術学校のストライキに参加誌、また、22年の技能労働者・画家・彫刻家連合にも参加する。壁画運動にも加わり、国立予科高等学校やオリサバエ工業学校などに壁画を描く。1927年から34年にかけてアメリカに滞在する。壁画制作と同時に、都市の機械文明への風刺を込めたタブロー画も手がけ、風刺画家から脱皮する。1934年、メキシコに帰国後も、国立芸術宮殿の壁画〈浄化(カタルシス)〉や国立師範学校野外劇場の壁画〈国民的寓意〉等、数々の壁画を制作する。メキシコの民族主義に立脚した厳格で象徴主義的な作風が特徴。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年)


カテゴリー:作家
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長谷川潔とは?【 作家名 】

1891年神奈川県に生まれる。1980年没する。1911年には黒田清輝から素描を、12年には岡田三郎助、藤島武二から油彩を習う。この頃から木版画を始め、1913年には文芸誌『仮面』の同人となって、表紙、口絵などを作る。1916年には、永瀬義郎、廣島晃甫と共に日本版画倶楽部を結成する。1919年にはフランスへ渡る。1923年、サロン・ドトンヌに出品、24年にはメゾチント(マニエール・ノワール)の技法を復活させる。1926年にはパリで初の個展を開く。1935年には、レジオン・ドヌール勲章を受けるが、45年、敗戦でパリの監獄に1ケ月収容される。1960年に、サロン・ナショナル・デ・ボザール版画賞を受賞、66年にはフランス文化勲章、67年には勲三等を受けた。1980年に亡くなるまで、1度も帰国しなかった。あらゆる版画技法を用い、また油彩も描いたが、メゾチントを復興させた功績は大きい。風景や小鳥、静物を、静かに神秘的に描き出した彼の画面は、高い評価を受けている。

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