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おおの さちひこ 大野幸彦
1857年鹿児島県に生まれる。旧姓、曾山。祖父高崎正風をたよって上京、1878年工部美術学校に入学してサン・ジョヴァンニに師事する。1883年卒業後、工科大学博物館につとめ造家学科で画学を教え、のち東京大学造家学科助教助となる。翌年の松室重剛、堀江正章とともに美術会をおこし、画学専門学校を設立したが1年ほどで廃校。その後は自宅で門弟の指導にあたり、1889年明治美術会の創立に参加、評議員となり、翌年第3回内国勧業博覧会に出品する。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)
カテゴリー:作家
リュスとは?【 作家名 】 1858年フランスに生まれる。1941年没する。複製木版画の職人として『イリュストラシオン』誌などの挿絵を手がけながら、絵を学ぶ。1885年頃からスーラの影響を受けて、点描で油彩を描き始め、1877年のアンデパンダン展出品をきっかけに、シニャックらによる新印象主義の一員となった。貧しい労働者階級の出身である彼は、労働者やパリの裏町を描くことも多かった。後に、印象主義風の作風へと近づく。また、挿絵画家としても活躍した。 |
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