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おおの さちひこ 大野幸彦
1857年鹿児島県に生まれる。旧姓、曾山。祖父高崎正風をたよって上京、1878年工部美術学校に入学してサン・ジョヴァンニに師事する。1883年卒業後、工科大学博物館につとめ造家学科で画学を教え、のち東京大学造家学科助教助となる。翌年の松室重剛、堀江正章とともに美術会をおこし、画学専門学校を設立したが1年ほどで廃校。その後は自宅で門弟の指導にあたり、1889年明治美術会の創立に参加、評議員となり、翌年第3回内国勧業博覧会に出品する。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)
カテゴリー:作家
池田満寿夫とは?【 作家名 】 1934年旧満州国奉天に生まれる。1997年没する。終戦とともに長野県に引き揚げる。長野県立北高等学校卒業後、上京。1955年に靉嘔、真鍋博らとグループ「実在者」を結成し第1回展を開催し、翌年油彩の初個展を開く。またこの年、瑛九にすすめられて銅版画の制作を開始した。1960年第2回東京国際版画ビエンナーレ展で文部大臣賞を受賞、以後61年の第2回パリ青年ビエンナーレ展、翌年の第3回東京国際版画ビエンナーレ展などで受賞。また、1966年のベネチア・ビエンナーレ展で国際版画大賞を受賞するなど、受賞を重ね、一躍版画界のスターとなる。1977年には『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞受賞、79年同名の映画を製作。国内外の美術館等で多くの展覧会が開かれ、精力的に個展での発表も続けた。版画、陶芸、作家など幅広い活動を行い、著書も多い。 |
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