ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


マン・レイと彼のエマク・バキア ソラリゼーション



「マン・レイの絵と島々のオブジェ」展 シュルレアリスム画廊



「マン・レイの写真作品」展 国立図書館



マーフィー



三尾公三



三上誠



三木富雄



三木文夫



右脚を拭く浴女



ミクスト・メディア



ミクセの背負い紐



三雲祥之助



ミシュ(ミシェル・リエボー)







水がない



水際の家族



水差し



水にささげる火



水の誕生



水花菖蒲図


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 作家(1701)

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んげっさん

クラ・ンゲッサン

1954年、ダウクロに生まれる。1972年から77年にかけてアビジャンの国立美術学校(INA)に学ぶ。すでにこの時期INAでは、1970年代の初めに、美術学校の絵画教室から生まれたヴォウヴォウの名の下に、若い学生たちが熱気を帯びた芸術運動を展開していた。その中心にいたのが、クラ・ンゲッサンである。彼の青春は、文字どおりヴォウヴォウとともにあったといっても過言ではない。〈ヴォウヴォウ〉というのはコートジヴォワールの中西部で用いられているガグゥ語、もしくはグロ語で、木の葉のざわめきだとかそこらじゅうに置かれたガラクタなどを意味する意味した。新しい表現を模索していた若い美術家たちにとっては、身辺のガラクタともいえるものたちを実際に制作の素材とすることで、自分たちの言葉を手に入れたようにも感じられたに違いない。INAを卒業したンゲッサンは、1977年から80年にかけてパリに出て、ボザールなどで学んだ。当時のイヴォワリアンの留学生の例に違わず、彼もまたボザールではジャック・ヤンケルのアトリエに出入りした。ユスフ・バトゥクドゥニョンら、ヴォウヴォウ派の隊列を担う同年代の俊英たちが、ここでは互いに琢磨しあっていた。少し遅れて80年代に入ると、やや異色の経歴をもつあのバカリ・ワタラもこのアトリエに顔を出すようになる。帰国後、リセの教師を経て、1987年アビジャンのINAの教授に就任、一貫して制作に携わると同時に、後進の育成にあたってきた。1991年から数年の予定で再びパリにおり、(1995年)現在ソルボンヌの博士課程に在籍している。砂や土、羽根、皮革、樹皮など身辺のありふれた素材を取り込んで、アフリカの精神的伝統を地声で表現しようとしたヴォウヴォウの作家たちの中にあって、ンゲッサンの特質は、明快な色彩のコントラストと洗練された透明感にあった。マルチニク出身の画家で、アビジャンINAで若い学生たちを大いに鼓舞したセルジュ・エレノンの影響は、このンゲッサンに最も直接的に現れていたのかもしれない。クラ・ンゲッサンは今日もなおトゥーレ・ヤクバタムシール・ディアユスフ・バトゥらとともに、グループ・ヴォウヴォウを自ら宣揚している。ンゲッサンは今も、ヴォウヴォウの精神を生きているのである。(「同時代のアフリカ美術」図録 1996年)


カテゴリー:作家
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分離派とは?【 美術用語 】

ラテン語の動詞SECEDO(分離する)を語源としたヅェツェッシォーン。「分離派」と訳されている。19世紀末以降、ドイツ・オーストリアの各地では、既存の保守的・閉鎖的な芸術家協会等の機構のなかでは自由に発表活動ができない、発表の場が与えられていないと考えた、進歩的な芸術家たちが、官営事業化している展覧会とは別に、彼ら自身の協会や展覧会組織を持とうとし、相次いで新しく芸術家集団を結成した。「ヅェツェッシォーン(分離派)」とは、こうして結成されたグループにつけられた名称である。最初の創設は、1892年にシュトゥック、トリュブナーらを指導者としたミュンヘン分離派である。1897年には、クリムトを会長とするウィーン分離派が、1898年に、リーバーマンの指導のもとにベルリン分離派が成立した。ベルリン分離派は、「ブリュッケ」のメンバーを含む表現主義作家の出品拒否が原因で、1910年に再び分裂、新分離派が結成され、その最盛期をむかえた。分離派には特定の様式・理念はないが、建築・デザイン史からは、近代運動のひとつとみなされることもある。

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  エミール・オルリク

  「オーストリア造形芸術家協会(分離派)−〈ゼツェッシオン〉−年報第1号」

  「オーストリアのポスター芸術」



  レミギウス・ガイリンク

  「近代住宅とその造作」

  グスタフ・クリムト

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徳島県立近代美術館2006