![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
たゆ パスカル・マルチーヌ・タユ
ヌコングサンパに生まれる。パカレロア(大学入学資格)を取得。1993年にカメルーンのヤウンデ・フランス文化センターでの第2回サロン・ド・メに出品。翌1994年には、同文化センターにおいて開かれた「マンゴーの木の下でのジャズ」展および「トランスグレッション」展にも出品、カメルーン芸術文化フェスティバルにも参加した。また、同年末にはヤウンデ・ゲーテ・インスティチュートでドイツ人作家とともに展覧会を開催している。タユはいまだ20代の新進作家であり、彼の作品は木片やペット・ボトル、吸盤、サンダル、フォークなど、様々な材料を寄せ集めて構成されている。その中でも、現実の生活の中で実際使われていたり、廃材となったりした非芸術的材料が多く用いられ、アサンブラージュとしての特色があらわれている。彼はこれらの素材を巧妙に組み合わせながらも、頭部や手足には、人形の頭や手足、手袋、靴下、サンダルなど、人の体をたかどった「現代のトーテム」であることを明確に示している。(「同時代のアフリカ美術」図録 1996年)
カテゴリー:作家
河合新蔵とは?【 作家名 】 大阪府に生まれる。1891年頃東京に移り、五姓田芳柳に学ぶ。その後小山正太郎の不同舎に移る。1900年、満谷国四郎、丸山晩霞、鹿子木孟郎らとともに渡米し、翌年ヨーロッパに渡る。パリではアカデミー・コラロッシュに入ってラファエル・コランに師事。またアカデミー・ジュリアンにも学んだ。1904年に帰国。一時京都に住むが再び上京して太平洋画会に参加。大下藤次郎の水彩画講習所の開設に協力して講師をつとめる。1912年に京都に移住。関西美術院の教授となり、関西美術会の審査員などもつとめた。1913年の日本水彩画会の創立には発起人となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||