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あなつい エル・アナツイ
アニャコに生まれる。クマシ工科大学で美術を学んだ後、1969年よりウィネバ・スペシャリスト・トレーニング・カレッジの美術教育学部で教職につき、75年からはナイジュリア大学ンスカ校で現在に至るまで教鞭をとっている。1976年にンスカのアセレ・アート・ギャラリーで木製壁飾りの個展を開く。1979年にはナイジュリアのボート・ハーコートでの「ンスカ派」の展覧会に参加する。ンスカ派とは、ナイジュリア大学ンスカ校の美術学部に集まった様々なジャンルの作家たちの総称であり、この一派を代表する作家として、エル・アナツイは活躍を続ける。1980年以降は数々の展覧会に出品し、いろいろなメディアにも登場する機会を与えられる。1990年から92年までアメリカ合衆国の5都市を巡回した「現代アフリカの美術作家:変貌する伝統」展に、また、90年には第44回ヴェニス・ビエンナーレの「5人の現代アフリカ美術作家」展に参加するなど、国際的な舞台での活躍も目立つようになっている。1995年秋にはロンドンのオクトーバー・ギャラリーで個展を開催。(「同時代のアフリカ美術」図録 1996年)
カテゴリー:作家
野獣派とは?【 美術用語 】 野獣派。20世紀初頭のフランスの絵画運動で、絵画における純粋な色彩の高揚を目指した。理論的な運動というよりは交友関係の中から自然発生的に生まれ、代表的な画家としてはマティス、ルオー、ドラン、ヴラマンク、デュフィ、ヴァン・ドンゲンなどがあげられる。1905年、この画家たちがサロン・ドートンヌの一室を強い原色と奔放な筆触の作品で飾ったのを批評家ルイ・ヴォークセルが『ジル・ブラス』紙上に「野獣(フォーヴ)の檻」と揶揄したのが名称の起りとされる。この画家たちはアカデミーの公式芸術と当時まだ行なわれていた印象主義に反発し、主観的な感覚を表現するために自然の秩序をこえて自由に色彩を用い、色彩のオーケストレーション(交響)によって色彩を統一しようとした。フォーヴィズムはファン・ゴッホの流れをくむ表現主義的傾向と、ゴーガンにつながる造型的、装飾的意図を内在する。1908年から09年頃自然に解消した。 |
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