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おうす あんこま クェシ・オウス=アンコマ
ガーナのセコンディに生まれる。1971年から74年の間、ガーナの首都アクラの美術学校に学び、79年から85年にかけてヨーロッパを旅した。翌1986年からはドイツに住み、現在もなお当地で制作に励んでいる。ヨーロッパで生活するようになり、アンコマはその影響を受けながらも、アフリカの精神や美的センスをより深め、自覚的に制作をするようになった。彼の制作の中には、しばしば象徴的な要素が垣間見える。それは、アフリカの地から与えられた豊かな想像力とすぐれた直観を示すものであろう。1976年から77年、81年とアクラでの個展を開いたのち、彼は87年のブレーメンを皮切りに、オッテルスペルク、エッセン、ボムリッツなどドイツ各地で作品を発表し、92年にはスペインのマドリードで個展を開いている。グループ展では1981年の合衆国、オークランドでの「ガーナの画家たち」展をはじめとして、85年「反戦、人権擁護の作家」展、86年「我々はここに生きる」展、87年「絵画’87」展など、ブレーメンの作家たちという名の下のグループ展への出品が目立っている。1993年にはデュッセルドルフでの「多様な美術」展に出品。また、より広範な美術活動として、1992年からゼミナールで「アフリカの芸術」というテーマでの討論の指導にあたり、93年にはロッカムのアカデミーで職に就いている。また同年、版画コレクションのためのリトグラフの制作なども手掛けている。(「同時代のアフリカ美術」図録 1996年)
カテゴリー:作家
メゾチントとは?【 美術用語 】 版画技法。銅版画は、凹版を製版する技法によって直刻法と酸腐蝕法に大別できるが、これは前者の内の一つ。まず版面にニードル等の針状または刀状のもので、縦・横・対角線の各方向に線あるいは点刻線を平行して密接に刻む。ここで版面は、一面ドライポイントのまくれを併う線で覆われる。それを、先のとがったこて状のスクレーパーで削り取りへら状のバニッシャーでつぶし、磨くことによって図像を表わしていく。凹部にインキをつめ、プレス機で紙に刷り上げると、最も磨かれた部分は白く、まくれを完全に残した部分は黒く、その間に磨き加減によって無限の明暗の階調が表われる。これがこの技法の特徴であり、メゾは「半ば」、チントは「色調」の意である。17世紀中頃、オランダのジーゲンによって発明され、イギリスやフランスで豊かな階調を表現できることから主に絵画の複製技法として流行した。20世紀に入ると、ブランや長谷川潔などが創造的なメゾチント版画の制作を行なった。 |
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