1913年北海道に生まれる。1984年没する。同郷の先輩三岸好太郎に師事し独立美術協会展に出品するが、三岸の死後、自由美術家協会展に出品。
アルプ風の木彫や石膏
レリーフが認められ会友として活躍するが、1950年に
山口薫や
村井正誠らと同会を退会した後、ニューヨークのリバーサイド・ミュージアムの「日米
抽象美術」展、翌年の第3回サンパウロ・
ビエンナーレ展、56年の第28回ヴェネチア・
ビエンナーレ展に出品。国内では、現代日本美術展や日本国際美術展を中心に発表を続け、日本の伝統的な木彫技法を生かした独自の
抽象表現を追求した。1970年代以降は、「近代日本の彫刻」展(京都国立近代美術館)や「戦後日本美術の展開−
抽象表現の多様化」展(東京国立近代美術館)等、近現代彫刻の流れをたどる展覧会に出品するなど日本の
抽象彫刻のパイオニアの一人として評価されている。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)