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だぶりゅけいかく W計画
キャンバスに彩色したとは思えないほど丁寧に仕上げられた、光沢のある黒い面と白い面は、部分ごとに作られてそれぞれ結合されている。従ってそれぞれの部分の継ぎ目は、まるでキャンバスに割れ目が入ったような効果を持つ。端が丸くなった三つの黒い棒状のものが一点で重なっているだけの画面である。はじめ具象的な絵画を描いていた高橋が、その画風を変えるのは1963年にイタリアへ渡ってからである。フォンタナが切り込んだキャンバスの裂け目が導く無限空間と、その節度ある一種の幾何学的フォルムは彼に新しい手掛かりを与えた。形や色が持つ意味から余計なものを取り除き、還元して得られた無機質な形や色を明確な関係で構成する。ただの無意味なものになるかならないかの、ギリギリの接点に彼は立っている。割れ目を持つ人間の姿のように見えるこの作品では、無機質なものがエロスを伴って、軽やかに蘇生している。(友井伸一「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1990年01月17日掲載)
カテゴリー:作品
印象派とは?【 美術用語 】 19世紀後半のフランスに起きた最も重要な絵画運動で、その影響は欧米をはじめ日本にまで及ぶ。1874年春にモネ、ピサロ、シスレー、ドガ、ルノワール、セザンヌ等を中心とする画家が官展のサロンに対抗して団体展を開いた際、新聞記者ルロワがモネの「印象−日の出」をもじって彼らを印象派と呼んだ。印象派という名称はこのことに由来し印象主義という用語もそこから派生した。印象主義は写実主義を受継いで特に外光派の戸外制作を重んじ、かつマネに啓発されて明るい色彩を用いて外界の事物を光をあび、空気で包まれた印象として表現した。光の変化に応ずる色調の変化や空気のゆれ動きを効果的に描くために、固有色を否定し、筆触を小さく分割し、色調を原色に還元したことが技法上の特徴とされる。印象主義は必ずしも体系化された理論をともなわず、組織的にはゆるやかな結びつきにとどまったため、1880年代以降各画家の個性の進展と円熟にしたがい、またスーラやゴーガンなど新世代の登場ともあいまって多様化の様相を深めた。 |
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