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ちょうこくとかちょう 彫刻と花鳥
吉原は、具体美術協会との関連で語られることが多い。1954年に結成された具体美術協会は次々と実験的な表現を展開して、戦後の美術界に衝撃を与えた。この会で指導的な役割を果たし、若い新人を育てた吉原は、戦後の前衛美術を考える上で重要な位置を占めている。この作品は、吉原のきわめて初期の作品である。青空を背景に鳥と花、白い石膏像が描かれ、幻想のような印象を与える。この作品が制作されたころ、美術雑誌などを通じて盛んにシュールレアリスムが紹介されているが、この作品にもその影響が認められるだろう。その後、吉原は二科会で純粋抽象を発表し、戦後は具体美術協会でアンフォルメル、次いで円をテーマにした連作を発表している。初期から一貫して時代の最も前衛的な美術を手掛け、新しい美術の地平線を切り開いてきたと言えるが、この作品はいわばその原点ともいえる作品である。(江川佳秀「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1990年02月14日掲載)
カテゴリー:作品
スタビルとは?【 美術用語 】 モビールは、アレキサンダー・コールダーの動く彫刻の総称で、スタビルは、コールダーの作品でモビールで無いものを呼ぶ。モビールは、1932年にコールダーがヴィニョン画廊で、手動式と電動式の動く彫刻を発表したとき、それらを指してマルセル・デュシャンが「モビール」と呼んだことに由来する。1930〜40年代には、電動式のレリーフや立体作品の他に、空気の流れと構成体自体の緊張関係、バランスによって静かに動くところに特徴を持つ宙吊りの金属板による構成体を作り、ふつうモビールと呼ばれるのはこのタイプの構成体のことである。またコールダー以外の作家にも、この種の原理を造形に用いた作家は多く、それらの動く作品についてもモビールと呼ぶことがある。スタビルは、1932年にモビールが発表された際に、ジャン・アルプが、それ以前にコールダーが作っていた動かない針金彫刻を一括してそう名づけたのが始まり。それ以来、コールダーの動かない鉄鋼彫刻もすべてスタビルと呼ばれている。 |
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