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じさくまえのじがぞう(6) 自作前の自画像(6)
四宮は無機質な室内空間を描く作家として知られている。この作品もそのような一点で、1987年のIBM絵画・イラストコンクールで優秀賞を受賞した近年の代表作である。ここに描かれた空間の上下左右はどうなっているのか、日常の視界に慣れ親しんだ目はとまどいを覚えるのではないだろうか。空間は所々で理解を超えたつながり方をしており、大きく人間の形に変形している。人間の表現ではあるが、そこには物質感が全くない。壁や置かれた箱などひとつひとつは奇妙に実存感を持っているにもかかわらず、紙の端がめくれ上がったかのような壁の表現は、これが描かれたものだという虚構性を強調している。また色彩は黄色と黒という警戒心を喚起する組み合わせで、キャンバスの形の不安定さとともに、見る者の不安感をあおっている。実在と非実在の間を漂うようなこの空間は、揺れ動く現代人の精神的な実在感を象徴しているかのようだ。(江川佳秀「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1989年01月17日掲載)
カテゴリー:作品
吉田博とは?【 作家名 】 福岡県に生まれる。1887年に中学修猷館に入学。1893年京都に上り、田村宗立に師事。翌年上京して小山正太郎の不同舎に入り、のち明治美術会に加わる。1899年渡米。デトロイト美術館で「日本画家水彩画展」を開き、翌年パリ万国博覧会に出品して褒状を受ける。1901年帰国。翌年太平洋画会の創立に参加し、1903年には再渡米。第1回文展で3等賞、第2回文展、第3回文展でそれぞれ2等賞を受賞。第4回以後しばしば審査会をつとめる。1947年太平洋画会会長となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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