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しょうじょのかお 少女の顔
軽快な色面で作られる、抽象画の世界。といっても、完全にものの姿が消えたわけではなく、人物像のなごりを残している。光の対比は明るく構成もどこか軽やかで、かれんな少女の面影がほの見えるようだ。16才で評論家として登場し、1930年代には印画紙のデッサン(フォトグラフ)、抽象絵画と、前衛の道を小気味よく走り抜けた奇才。たくさんの画風を試みた、この時期は、鮮やかな人間像の構成を手掛ける。(「コレクションによる特別展示 人間像のゆくえ」展図録、1995年)
カテゴリー:作品
池田満寿夫とは?【 作家名 】 1934年旧満州国奉天に生まれる。1997年没する。終戦とともに長野県に引き揚げる。長野県立北高等学校卒業後、上京。1955年に靉嘔、真鍋博らとグループ「実在者」を結成し第1回展を開催し、翌年油彩の初個展を開く。またこの年、瑛九にすすめられて銅版画の制作を開始した。1960年第2回東京国際版画ビエンナーレ展で文部大臣賞を受賞、以後61年の第2回パリ青年ビエンナーレ展、翌年の第3回東京国際版画ビエンナーレ展などで受賞。また、1966年のベネチア・ビエンナーレ展で国際版画大賞を受賞するなど、受賞を重ね、一躍版画界のスターとなる。1977年には『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞受賞、79年同名の映画を製作。国内外の美術館等で多くの展覧会が開かれ、精力的に個展での発表も続けた。版画、陶芸、作家など幅広い活動を行い、著書も多い。 |
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