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ごりゅうせんせい 五柳先生
明治から大正にかけて、橋本関雪は、中国や日本の歴史や文学から題材をとった人物表現を軸にして制作を行った。この作品が描かれた大正期には、それまでの遠近や奥行のはっきりした表現から、写生を基礎としながらも空間を平面的に捉える方向を強め、そこに、中国絵画からの影響も溶かしこんでいく。この作品は、このような大正期の関雪の画風を端的に表した名品である。題材は、中国の詩人である五柳先生こと陶淵明。金地の六曲一双屏風に、淵明を中心とする人物たちを柳ととも美しく構成している。
カテゴリー:作品
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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