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おんがしゅうじつ 温雅秋日
市原義之は、重厚なマチエール、写実性と装飾性を合わせもった表現によって、季節感あふれる作品を生み出している。<温雅秋日>は、作家のアトリエに近い京都伏見稲荷大社境内の小さな池に取材したもので、鴨が泳ぎ、落葉が浮かんだ秋の池の表情を捉えている。自然への想いや四季の微妙な移り変わりを表した、自然賛歌シリーズ4点のなかの1つとして描かれた。このシリーズはいずれも300号の大作で、1990年代の市原を代表する。
カテゴリー:作品
バウハウスとは?【 美術用語 】 1920年代のドイツで近代デザインの中心地となった建築と応用美術のための学校。デザインと工業技術の間に橋をかける重要な役割をはたした。1933年にナチスの圧力で解散してから教授陣と学生が各地に移住したため、バウハウスの理念は多くの国々に広められ、1930年代と40年代における近代主義のシンボルともいえる存在となった。バウハウスの創設は、1919年に、旧ヴァイマール美術アカデミーとヴァイマール美術工芸学校がグロピウスによりひとつにまとめられたことに始まる。グロピウスの最初の思想は、すべてを包含する近代的で構成的な芸術を実現して、モニュメンタルな要素と装飾的な要素の分離をなくそうとするものであったが、さらに1923年には、工業的大量生産用のデザインを行う工芸家が重要であるとした。このため、バウハウスは産業界と密接に関係を持ち、多くの製品を生み出した。その特徴は非個人的で幾何学的で厳格なことであり、むだを省き素材を研究し、洗練された形を持っており、ヨーロッパの建築・応用美術に大きな影響を与えた。 |
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