![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
おんがしゅうじつ 温雅秋日
市原義之は、重厚なマチエール、写実性と装飾性を合わせもった表現によって、季節感あふれる作品を生み出している。<温雅秋日>は、作家のアトリエに近い京都伏見稲荷大社境内の小さな池に取材したもので、鴨が泳ぎ、落葉が浮かんだ秋の池の表情を捉えている。自然への想いや四季の微妙な移り変わりを表した、自然賛歌シリーズ4点のなかの1つとして描かれた。このシリーズはいずれも300号の大作で、1990年代の市原を代表する。
カテゴリー:作品
石川欽一郎とは?【 作家名 】 1871年静岡県に生まれる。その後東京に移り、1888年逓信省東京電信学校に学ぶ。1889年大蔵省印刷局に入り、1891年に明治美術会に入会。浅井忠、川村清雄などに指導を受け、明治美術会解散後巴会に加わる。1905年に大下藤次郎を知り、『みづゑ』にアルフレッド・イーストの翻訳を掲載。1913年、日本水彩画会の創立に参加。1922年渡欧。1924年台湾に渡る。台北師範学校嘱託となり、台湾水彩画会を創立。台湾美術展の審査員などをつとめる。1932年帰国。その後日本水彩画会顧問となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||