![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
たけひさ ゆめじ 竹久夢二
1884年岡山県に生まれる。本名茂次郎。1901年上京。1905年早稲田実業学校卒業。この頃よりコマ絵を描く。1912年京都府立図書館で第1回夢二作品展覧会を開催。1914年港屋を開店、夢二デザインの封筒、風呂敷、浴衣などを販売し若い女性の人気を得る。1931年から1933年にかけてアメリカからヨーロッパに渡る。1933年台湾に渡るが健康を害して帰国。翌年9月死去。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)
カテゴリー:作家
ルノワールとは?【 作家名 】 1841年フランスに生まれる。1862年エコール・デ・ボザールに入学し、ここでモネ、シスレーらと知り合う。ドラクロワやクールベの影響を受けた制作を経て、1869年からモネと印象派の技法を試みる。1874年第1回印象派展に「桟敷席」他7点を、76年第3回印象派展には「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を出品する。1880年代にはアングルやラファエロに影響され、明確なデッサンと寒色を基調とした作風の時代に移行する。1890年ごろより、もとの作風に戻り、裸婦や肖像を主として制作。豊満で量感に富む独特の画境を開く。1903年から彫刻も手掛ける。1906年よりカーニュに居を定め、1919年に同地で没した。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||