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しるくすくりーんなんばー82 シルクスクリーンNo.82
鮮やかな色調の切り絵細工のような作品です。あるいは万華鏡の中をのぞいて見たような、そんな印象を持ったでしょうか。いくつもの同心円と六角形のパターン。散在する小さな円と、縦・横・斜めに画面上を駆け巡る線。よく見ていると色々なものに見えてきて、絵の前でしばらく立ち止まってしまいます。色の細かな破片たちが、画面のあちこちでさざめきあっているようです。色数もさほど多くはないのに、絶妙な色のバランスで、華やぎがあります。オノサトトシノブのこのような絵は、幾何学的抽象としばしばいわれています。戦前彼は、構成主義やキュビスムの影響を受け、その後、単純な形態の中でもとりわけ円に興味を示しました。そして幾何学的な形態の繰り返しの中に線やかたち、色の個性をくるみこんで、独自の作風を確立しました。ふつう、幾何学的抽象というのは「冷たい抽象」だと言われますが、彼の作品は観る者に手を差し出して、交流を求めているようです。(吉原美惠子「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1990年06月06日掲載)
カテゴリー:作品
青騎士とは?【 美術用語 】 1911年ドイツで革新的な目的を持つ芸術家たちがつくった緩やかな組織のグループにつけられた名称。グループの起こりは、1911年、カンディンスキーが、「新芸術家協会」の第3回展に出品を拒否されたことから、フランツ・マルクらと、ミュンヘンのタンホイザー画廊で対抗展を組織し、参加したグループを彼の小作品「青い騎士」にちなんで「青騎士(ブラウエ・ライター)」と命名した。参加者にはマッケ、クレーなどがいた。第2回展は1912年にミュンヘンで、版画を中心に開かれたがこれにはブリュッケのメンバーも参加し、また国際美術展の先駆ともいうべき性格のものであった。1914年の第一次大戦の勃発による解散した。グループには統合するような様式、教義はみられないが、内面的意欲が多様に形づくる形態の差異を示すことが共通の精神的基盤といえる。また、グループは同名の機関紙を発行したが、ここではヨーロッパの前衛芸術家の作品の他に、民芸品や児童画などの作品も評価し、現代的芸術観の礎石となった。 |
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