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ディヴァン・ジャポネ



ディヴァン・ジャポネ



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「ディ・クヴェレ」/(平面装飾)



「ディ・クヴェレ」第1巻/(ビニェットの形での全アイデア)



「ディ・クヴェレ」第2巻/(本装飾と平面模様)



「ディ・クヴェレ」第5巻/(自然界の諸形態)



ディクス



「ディ・フレッヒェ 第1巻」



「ディ・フレッヒェ 第2巻」



ディメ



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なまけもの

なまけもの

作家名:泉茂
制作年:1956年
技 法:リトグラフ 紙
現代美術の第一線で活躍している泉茂は今日、幾何学的な形態の作品を描いている。具象性を排した抽象的画面から、「光・風・水といった自然を感じさせるメッセージ」が伝えられ、多くのファンを魅了している。しかし、彼の画業には、このような版画を制作の中心にした時期があった。戦後の前衛的な美術運動であるデモクラート美術協会で活動したのが、その時期である。版画の分野でも大きな業績を残したこのグループは、池田満寿夫など重要な版画家を輩出しているが、泉はそのなかでも代表的作家と言える。これは、ベンチに座る女性を写実的に描いたもののようだが、よく見ると、人の足とベンチの足が同一であるなど、不思議な要素が隠された作品である。具象的な形と空想的なイメージが混在し、ユーモラスだが、底知れない幻想感のただようこの期の版画の魅力が見てとれる。ここには、常に新たな表現を追求している泉の初期の姿がある。(森芳功「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1989年05月17日掲載)


カテゴリー:作品
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三宅克己とは?【 作家名 】

1874年徳島県に生まれ、1954年に没した。旧徳島藩江戸留守居役だった父が、蜂須賀家の養育係となったため、6歳のとき家族で東京に移住。近所には、洋画家・高橋由一の画塾があり、絵に関心をもつようになったと言われている。大野(曽山)幸彦、原田直次郎に洋画を学ぶが、来日中のイギリス人画家ジョン・ヴァーリー(バーレイ)の水彩画に感動し、水彩画家を目指すようになった。1897年、アメリカに渡り、一時イェール大学付属美術学校でも学んでいる。翌年ロンドンに移り、フランスやベルギーを経て帰国。その後、日本各地はもちろん、ヨーロッパ、アメリカ、中国へたびたび出かけ、風景画を描き続けた。1899年白馬会会員。同会の解散後は、光風会の創立に参加。1907年に文展(文部省美術展覧会)が開設されると、第一回展から出品し、以後、文展帝展(帝国美術院美術展覧会)、新文展、戦後の日展で活躍。1915年の文展で2等賞(最高賞)を受賞。翌年から無鑑査となり、帝展、新文展では審査員もつとめた。水彩画を独立した洋画の一分野ととらえ、透明水彩の繊細な表現を追求するとともに、水彩画に関する著書を多数刊行するなど、水彩画の普及に尽力した。昭和初期には、写真に関する啓蒙書も執筆。晩年の1951年、日本芸術院恩賜賞を受賞している。

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