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ふゆう 浮遊
一原の版画はヘラで描いたモノタイプと、金属凹版に大別され、いずれも抽象表現である。しかし初期の1960年代には「切抜き版」によって、架空の有機体を思わせる表現を試み、また丸鋸の版画や機械部品の立体オブジェも同時期に手掛けた。一原の素材観や想像力を知る上で貴重な作例である。この作品はその時期のもので、工業製品と架空の有機体、そして実際の生物が組み合わされた力作である。
カテゴリー:作品
鹿子木孟郎とは?【 作家名 】 1874年岡山県に生まれる。1888年岡山高等小学校を卒業、松原三五郎の天彩画塾に学ぶ。1892年上京して小山正太郎の不同舎に学ぶ。1900年渡米、翌年イギリスを経てパリに留学。ジャン・ポール・ローランスに師事する。1903年ベルギー、スイス、イタリアを巡歴。翌年帰国、京都高等工芸学校講師となる。また太平洋画会に参加し多くの作品を発表。1905年浅井忠らと関西美術院を設立。翌年再び渡仏、サロンに入選。文展審査員に選ばれ、第7回文展まで審査員をつとめる。1916年渡仏、1918年帰国し京都に下鴨画塾を開設。1924年帝国審査員となり以後歴任。1932年仏政府より勲章を受ける。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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