ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


<前 (74/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


げきじょう

劇場

作家名:難波田史男
制作年:1963年
技 法:インク、水彩、コンテ 紙
難波田龍起の二男である。1974年瀬戸内海上のフェリーから夜の海に転落し、32歳の若さでこの世を去った。誤って落ちたといわれるが、彼が残したノートには将来を暗示するかのように「海をみつめていると、海で死んだ人達を思い、自分も海で死ぬことへの憧憬をおぼえる」と記していた。「劇場」は制作に没頭しはじめた21歳の時の作品である。友人や家族の証言によると、彼はこの作品のような繊細な心の持ち主だったらしい。その後早稲田大学に入学したが、そこでは学園紛争に巻き込まれてひどく傷つき、卒業までに中退と復学を経験している。心に浮かんだ小さな形をあくことなく繰り返し紙の上に描いてゆく、そのように孤独な作業を通じて、彼は自分の存在をじっと見つめていたのだろう。若者の純粋な心に触れることができるような美しい画面である。(江川佳秀「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1989年03月08日掲載)


カテゴリー:作品
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

上村松園とは?【 作家名 】

松園は京都のひと。本名津禰。明治20年京都府画学校に入学し鈴木松年に師事するが、翌年退学して松年塾に入った。次いで幸野楳嶺に師事し、楳嶺の死後は竹内栖鳳の門に移る。画を学ぶ傍ら漢学や詩を学び、国内勧業博覧会などで早くから数々の賞を受賞した。明治40年の文展開設後は、文展帝展に格調高い美人画を出品し続け、内外の展覧会で受賞を重ねた。東京の池田蕉園、大阪の島成園らとともに閨秀の三園と称された。昭和19年帝室技芸院となり、美人画だけでなく、その香り高い精神性の女性表現によって昭和23年には女性最初の文化勲章を受章している。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

上村松園

キーワードを含む記事
7件見つかりました。

  池田蕉園

  伊藤小坡

  上村松園

  上村松篁

  幸野楳嶺

  鈴木松年

  広田多津


<前   次>

徳島県立近代美術館2006