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ふじんぞう 婦人像
中西利雄は、昭和初頭にヨーロッパに留学し、新しい美術思潮を身につけて日本の画壇に登場した。特に女性像を主要なモチーフとして、都会的なセンスにあふれた、洒脱な水彩画を描くことでしられた。水彩画の新しい可能性を切り開いた作家であり、日本の水彩画を考える上で欠かせない作家の一人である。またこの時代の洋画の世界を考える上でも、重要な作家の一人である。この作品は、当時としてはモダンな装いの女性を、シックな色彩で描き出したものであり、中西の画風がよく現れた一点である。
カテゴリー:作品
ルネサンスとは?【 美術用語 】 15〜16世紀のヨーロッパの美術史上の様式と時期区分。とくにイタリア美術史上でいう。「ルネサンス」という言葉は、もともと、ヴァザーリが著書『美術家列伝』(1550年初版)の中で初めて用いた美術の“復活”=イタリア語でリナシータに由来し、それが1840年頃にルネサンスとフランス語に訳され用いられている。ヴァザーリは、およそ13世紀後半以降のイタリアの美術家の中にローマ帝国とともに没落していた美術の復活を認め、時代区分としてルネサンスとしたが、これは同時に古代との間に中世の概念を設定したものであった。今日通説の画期としては、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂円蓋起工の1420年より1500年までを初期、1500年〜1520−30年を盛期としている。初期にはフィレンツェ、盛期にはローマが中心となっている。自然と古代とを柱とする人文主義的造形活動を特色とし、美術理論が追求され、また美術作品の世俗化も行われ、メディチ家などの地方君主による美術の流派が形成された時代である。 |
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