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ほくべいかしゅうさんでごのこうえん 北米加州サンデゴの公園
この作品は、三宅による作品裏面の書込から、夏のサンディエゴ公園を描いたものであることがわかる。彼は、1927年に2度目のアメリカ旅行をおこなっているが、その時の取材に基づくものである。アメリカ西海岸のカリフォルニア州を訪ねたこのスケッチ旅行で、三宅は多くの作品を描いた。帰国後も、取材の成果を示す本格的な水彩画を制作し、帝展にもその成果を発表している。これはそのなかでも優れた一点と言えるだろう。カリフォルニアの夏の光線と空気を、奥行きのある遠近感のなかに捉えている。
カテゴリー:作品
伊上凡骨とは?【 作家名 】 1875年徳島市中常三島に生まれる。1933年没する。本名は、純三(蔵)徳島高等小学校卒業後、17歳の年に上京し、木版画の彫刻大倉半兵衛に師事する。はじめは伝統的な版木の彫刻技術を学ぶが、やがて洋画の複雑な筆触や色彩を木版で再現することに熱中する。1902年雑誌『美術新報』のために三宅克己の水彩画に版木に仕立てのを皮切りに『明星』『白樺』などの雑誌の挿絵やカットを制作する。伊上の技術は当時神技とさえうたわれ、明治から大正にかけてこの道の第一人者であった。凡骨の雅号は与謝野鉄幹の命名による。 |
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