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けいりゅう(はこねそこくら) 渓流(箱根底倉)
三宅克己は、徳島県出身の作家であり、また、日本近代の水彩画を語る上で欠くことのできない存在である。この作品は、1941年の第4回新文展に出品されたもので、三宅がよく描いた箱根の底倉の渓流が、みずみずしい色彩を用いて手慣れた手法で描かれている。三宅の作品の中では、数少ない官展の出品作としてこの時期の基準作でもあり、貴重な作品と言える。
カテゴリー:作品
パスキンとは?【 作家名 】 1885年ブルガリアに生まれる。1930年没する。本名はユリウス・ピンカス。父はユダヤ系スペイン人、母はイタリア人。ウィーンで絵を学んだ後、1904年、ミュンヘンの諷刺雑誌『ジンプリツィスムス』の専属契約画家となり、この時から本名のピンカスではなくパスキンと名乗る。1905年パリに行き、エコール・ド・パリの仲間入りをする。1914年から20年まではアメリカで暮らし、この時にアメリカ国籍を得る。その後ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、キューバ、アルジェリア、イタリア、スペイン等、各地を放浪した。1930年、パリのジョルジュ・プティ画廊での個展前夜に自殺。淡彩と無駄のない線によって描かれた彼独特の女性像は、ゆらめくような透明感を持っており、エロチックな憂愁を帯びている。退廃的なその作品には、新しい発見や革新性は見当らないが、彼の鋭く神経質なまでの危うい感受性が表現されている。 |
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