ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


<前 (32/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


うじやま てっぺい

宇治山哲平

1910年大分県に生まれる。1931年大分県立日田工芸学校描金科を卒業し、漆器製造会社のデザイン部門や小学校の図画教師をつとめる。かたわら木版画を制作し、日本版画協会展、新興美術家協会展、国画会展などに出品、1938年造型版画協会会員、新興美術家協会会員となる。1939年から国画会展に油彩画を発表し、1942年褒賞を受賞、44年会員に推挙される。1950年香月泰男須田剋太など国画会会員と型成派美術協会を結成する。日本国際美術展、現代日本美術展、日米抽象美術展などに出品し、1971年毎日芸術賞を受賞する。1950年代から風景や古代の仏像などから得た映像を幾何学的形態で構成し、64年からはオリエントの古代遺物から抽出した記号的形態を用いて機知に富む画面構成を展開する。1961年大分県立芸術短期大学教授、71年同大学学長、81年別府大学教授に就任する。1976年神奈川県立近代美術館で、81年大分県立芸術会館で「宇治山哲平展」が開かれる。


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

クリムトとは?【 作家名 】

1862年ウィーンに生まれる。1876年に奨学金を得てオーストリア芸術産業美術館付属の工芸学校に入学、7年間同校に学ぶ。1883年、弟エルンスト、同窓のF.マッチュと共に美術家協会を設立し、ブルク劇場やウィーン美術史美術館など多くの装飾画を手掛ける。この時期の作品はいまだアカデミックな画風で描かれており、ブルク劇場のフレスコ画の制作によって勲章を授けられたが、1897年にウィーン分離派を結成し、その初代会長となると、アール・ヌーヴォー様式を大幅に取り入れた独自の様式を成熟させていった。1903年にはウィーン工房の設立に協力し、翌年、ブリュッセルのストックレー邸の食堂のためにモザイクのフリーズを制作し始める。この間、ウィーン大学の壁画やマックス・クリンガー展のための《ベートーヴェン・フリーズ》が賛否の渦を巻き起こす。1905年分離派を脱退し、翌年オーストリア美術家連盟を結成、1908年の「クンストシャウ」に出品した《接吻》が国家買上げとなる。第9回ベネチア・ビエンナーレ(1910年)で「クリムトの部屋」が設けられたり、1911年のローマ国際美術展で最優秀賞を獲得したりするなど、ヨーロッパ美術界で重きをなしていった。1917年、ウィーンとミュンヒェンの造形芸術アカデミークリムトを名誉会員に迎る。1918年ウィーンで歿。(「ホフマンウィーン工房展」図録 1996年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

クリムト

キーワードを含む記事
54件見つかりました。

  ヨーゼフ・マリア・アウヒェンターラー

  「アレゴリー 新シリーズ」

  フェルディナント・アンドリ

  「アート・リバイバル・イン・オーストリア」

  ウィーン工房

  「ウィーン工房年鑑」

  ウィーン分離派のための蔵書票

  オットー・ヴァーグナー

  ヨーゼフ・エンゲルハルト

  エミール・オルリク

  「女たち」

  「オーストリア造形芸術家協会(分離派)−〈ゼツェッシオン〉−年報第1号」

  「オーストリアのポスター芸術」



  壁紙のデザイン

  グスタフ・クリムト

  マキシミリアン(マックス)・クルツヴァイル

  「グスタフ・クリムト」

  「グスタフ・クリムト」

  「グスタフ・クリムトの作品」


<前   次>

徳島県立近代美術館2006