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たなか ぜんのすけ 田中善之助
1889年京都府に生まれる。1905年聖護院洋画研究所で浅井忠の指導を受ける。翌年から浅井忠の内弟子となって関西美術院の展覧会等に出品を続けた。1910年「黒猫会」、翌年「仮面会」の結成に参加。1920年渡仏、帰国後の1922年、関西美術院教授となる。1923年の春陽会第1回展に客員として滞欧作を出品、翌年から春陽会会員となる。1932年新興美術協会を創立、1935年に創設された京都市美術展では第1回展から審査員をつとめる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)
カテゴリー:作家
カロとは?【 作家名 】 1924年イギリスに生まれる。ケンブリッジのクライスツ・カレッジに学んだ後、彫刻の道に進むことを決意し、ロンドンのロイヤル・アカデミー・スクールズにて学んだ。鉄を素材に、従来見られなかった自由な発想により、素材の持つ表現の可能性を広げ、ひいては立体表現の造形世界を拡充するような制作を続けてきた。ヘンリー・ムーアの次世代の英国彫刻界の重鎮と考えられている。また、世界各地でアーティスト対象のワークショップを開催し、作家活動を第一線で続けながらの後進の指導に意欲的で、同時代の彫刻界を知るためには欠かせない、重要な作家となっている。1995年には東京都現代美術館において、日本初の大規模な回顧展が開催されている。 |
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