![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
きき・ど・もんぱるなすのますく キキ・ド・モンパルナスのマスク
1881年スペインに生まれたガルガーリョは、十四才で彫刻家の修業を始め、一生涯、彫刻に打ち込んだ。パリでピカソやキュビスムの画家たちとボヘミアン的生活を共にし、金属彫刻に新しい道を開く。今世紀初頭のパリは、新しい芸術の坩堝と化していたが、その中でガルガーリョは、キュビストの空間把握と呼応しながらも、あくまで彫刻家としてヴォリュームの表現に腐心しつつ、自己の様式を模索する。そうした彼の造形の特徴がこの作品にもよく表れている。顔立ちは大胆に簡略化され、頭部はえぐり抜かれているが、豊かな量感と堅実な造形力によって、モデルの個性が余すところなく体現されている。宝飾品を思わせる洒落たディテールと研磨されたブロンズの輝きは、ある種の気品をこの作品に与えている。これは、当代きっての人気モデルであり、ピカソやフジタ等多くの画家に描かれた、エコール・ド・パリの華、キキに捧げられたものである。(竹内利夫「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1989年11月29日掲載)
カテゴリー:作品
モネとは?【 作家名 】 食品雑貨店の息子としてパリに、生まれ幼い頃から画才を発揮する。ピサロ、シスレーら後の印象派の画家と交流し、1870年には、ターナーやコンスタブルの風景画、そして日本の浮世絵に影響され、原色を用いて色を混ぜない方法を目指す。これは目の網膜に映るがままに描こうとする結果であった。1872年の〈印象ー日の出〉は印象派の名前の始まりとなった。自然が刻一刻と様相を変える瞬間をとらえようとし、〈積わら〉、〈ルーアン大聖堂〉、〈睡蓮〉などの連作を制作して印象派の代表者の一人と言われる。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||