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ちゃくいのよこたわるははとこ 着衣の横たわる母と子
イギリスのカースルフォードに生まれたヘンリー・ムーアは、20世紀の彫刻家の頂点に立つ一人である。ムーアの彫刻は、半ば抽象化された形態を用いながらも、その表現には、生命の尊厳、自然への回帰、平和への願いがこめられた、極めてヒューマンな要素を含んでいる。「着衣の横たわる母と子」に見られる母子像は、彼が好んだテーマであり、いくつもの忘れがたい作品が残されている。そのなかでも、これは代表的なものの一つといえるだろう。どっしりと横たわる母親の姿は、豊かでたくましい。その腕に抱かれた子供は、小さくかわいい姿で母親に寄り添っている。この母と子の見事な対比によって、母親の母性と温かな愛情、命の尊さが力強く表されている。そして、作品のもつ大きさが、母と子の姿をモニュメンタルなものとし、一層印象深いものとしているように思われる。(森芳功「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1988年05月17日掲載に一部加筆)
カテゴリー:作品
デ・スティルとは?【 美術用語 】 1917年、テオ・ファン・ドゥースブルフが、モンドリアンの協力を得て、レイデンで創刊し、1928年まで編集にあたったオランダの美術雑誌名。デ・スティルは「様式」の意味。最終号は1932年、ドゥースブルフ夫人が亡夫を記念して発行した「ドゥースブルフ追悼号」(通巻90号)。この雑誌は初めはモンドリアンの新造形主義の原理をもっぱら扱っていたが、ドゥースブルフが執筆陣にダダイストやクプカを迎え内容が包括的になったことからモンドリアンは寄稿をやめ、1926年以降は造形されたものの効果や具体性を重視するエレメンタリズムが中心となった。このような経緯があるにせよ、両大戦の間で最も大きな影響を与えた雑誌である。また、デ・スティルの名称は、この雑誌に関係した芸術家、建築家のグループをも指し、彼らが始めた建築様式上の運動にも用いる。それは、キュビスムの影響を受け直角と滑らかな平面の組合せよりなる抽象形態と、色彩は原色と白、黒、灰のみを使用した純粋な抽象的造形を意図したものであった。 |
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