ケーテ・コルヴィッツは、医師である夫とドイツの労働者街に住み、この作品に見られるように戦争の悲劇を告発する作品や働く人々の現実を見つめたヒューマニズムあふれる作品を生み出した。版画集「戦争」には、志願兵たちや子供を亡くした両親の悲しみ、夫を奪われて寡婦となった妻たちの姿が描かれている。そして、連作の最後にあたるこの「民衆」では、愛するものを奪われて、残された子供を守るようにして立つ母親の、悲しみと怒りが混じり合ったどうしようもない感情を秘めながらも、悲しみを乗り越え現実に立ち向かう姿を表現している。彼女を、このような戦争のテーマに駆りたてたのは、第一次世界大戦で息子を失ったことがあげられる。そこには、亡くした息子に対する母親としての思慕と追憶の切ないほどの感情と、同じ悲しみを分けあった母親たちに対する深い共感の気持ちがこめられている。(森芳功「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1988年08月23日掲載)