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はんがしゅう<せきはんがしゅうてんよりせんより>5せんより1 版画集〈石版画集 点より 線より〉5. 線より1
韓国で生まれた季禹煥は、1950年代半ばに来日し、以後日本を創作の場にして活躍している。一見すれば、彼の作品の多くは、キャンバスに線を並べ、点を打ったものに過ぎないと思えるかも知れない。しかし、書道や水墨画の伝統を持つ私たちにとって、かすれや、しみを伴い、筆勢に様々な表情を持つ線や点の表現は、なじみ深く感じられるのではないだろうか。この石版画でも、しみや線の重なりから、豊かな表情を読みとることができるはずである。しかも彼は、作品の理解に解答を出すことを求めず、これを見た人の、作品との「出合い」と幅のある感じ方を大切にしようとしているのである。季は、一部の現代美術が、あまりにも概念的であったり、生身の人間の感情や観念からかけ離れている状況に批判を加え、東洋の伝統に注目しながら、より現代にふさわしい美術を求めて独自の表現を追求している。(森芳功「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1989年09月13日掲載)
カテゴリー:作品
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リ・ウー=ファン(李禹煥)とは?【 作家名 】 1936年韓国に生まれる。1956年ソウル大学校美術大学を中退して日本に渡り、以降日本に定住する。1961年日本大学文学部哲学科を卒業、在学中ハイデッカーやニーチェなどの西洋思想を学ぶかたわら、洋画や韓国の伝統的絵画を学ぶ。1960年代末期から70年代初頭にかけてものを使った「彫刻」を発表し、また一連の評論活動によって関根伸夫とともにいわゆる「もの派」の中核を形成、当時の美術の動向を主導する作家の1人となる。1970年代になって〈点より〉、〈線より〉の秀れた平面作品のシリーズを生み出し、77年現代日本美術展で東京国立近代美術館賞、79年東京国際版画ビエンナーレ展で京都国立近代美術館賞、ヘンリー・ムーア大賞展で優秀賞などを受賞、77年にはカッセルの「ドクメンタ6」に出品する。1972年以降多摩美術大学で後進の指導にあたる。 画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。 |
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