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はんがしゅう<せきはんがしゅうてんよりせんより>5せんより1 版画集〈石版画集 点より 線より〉5. 線より1
韓国で生まれた季禹煥は、1950年代半ばに来日し、以後日本を創作の場にして活躍している。一見すれば、彼の作品の多くは、キャンバスに線を並べ、点を打ったものに過ぎないと思えるかも知れない。しかし、書道や水墨画の伝統を持つ私たちにとって、かすれや、しみを伴い、筆勢に様々な表情を持つ線や点の表現は、なじみ深く感じられるのではないだろうか。この石版画でも、しみや線の重なりから、豊かな表情を読みとることができるはずである。しかも彼は、作品の理解に解答を出すことを求めず、これを見た人の、作品との「出合い」と幅のある感じ方を大切にしようとしているのである。季は、一部の現代美術が、あまりにも概念的であったり、生身の人間の感情や観念からかけ離れている状況に批判を加え、東洋の伝統に注目しながら、より現代にふさわしい美術を求めて独自の表現を追求している。(森芳功「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1989年09月13日掲載)
カテゴリー:作品
ダリとは?【 作家名 】 1904年スペインに生まれる。1989年没する。1921年マドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入るが、突飛な行動を繰り返し、26年には退学処分となる。はじめは未来派やキュビスムに興味を持ったが、そのうちに、デ・キリコやとりわけフロイトの『夢判断』に強烈な影響を受ける。そして自ら「偏執狂的批判的方法」を発見し、精密な写実と幻想とを結びつける独自の様式を生み出した。1927年にはパリに行きピカソと知り合った。1929年から30年には友人ブニュエルと〈アンダルシアの犬〉等の映画を作る。1929年パリの個展によってシュルレアリスムの一員に加えられるが、34年、ブルトンとの不仲から除名される。第二次世界大戦中の1940年にアメリカに亡命し、名声を得る。1948年にはスペインに戻り、版画や宝石デザインなどの分野でも活躍、商業的な成功も得た。スキャンダラスなその生涯は、彼の評価を分けてはいるが、ある意味で今後のシュルレアリスムの存続を考える上での鍵を握る人物の1人であるといえよう。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年) |
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