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むらやま ともよし 村山知義
1901年東京都に生まれる。1921年第一高等学校を卒業して東京帝国大学哲学科に入学。同年ベルリンに留学するが、同地で画家に転じる。1923年帰国後「意識的構成主義」を主張し、柳瀬正夢、尾形亀之助らと「マヴォ」を結成、はなばなしい活動を開始した。翌年三科造形美術協会結成に参加。1924年、築地小劇場でカイザー作『朝から夜中まで』の舞台装置を担当して注目され、演劇の道に進む一方、日本プロレタリア文芸連盟、日本プロレタリア美術家同盟に所属し、機関誌などの表紙のポスターを描く。1959年薄田研二の中央芸術劇場と合同して東京芸術座を創立し、劇団演出家となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)
カテゴリー:作家
池田満寿夫とは?【 作家名 】 1934年旧満州国奉天に生まれる。1997年没する。終戦とともに長野県に引き揚げる。長野県立北高等学校卒業後、上京。1955年に靉嘔、真鍋博らとグループ「実在者」を結成し第1回展を開催し、翌年油彩の初個展を開く。またこの年、瑛九にすすめられて銅版画の制作を開始した。1960年第2回東京国際版画ビエンナーレ展で文部大臣賞を受賞、以後61年の第2回パリ青年ビエンナーレ展、翌年の第3回東京国際版画ビエンナーレ展などで受賞。また、1966年のベネチア・ビエンナーレ展で国際版画大賞を受賞するなど、受賞を重ね、一躍版画界のスターとなる。1977年には『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞受賞、79年同名の映画を製作。国内外の美術館等で多くの展覧会が開かれ、精力的に個展での発表も続けた。版画、陶芸、作家など幅広い活動を行い、著書も多い。 |
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