ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


<前 (32/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


はんがしゅう<りゅうさ>01 しごとをするちょうこくか

版画集〈流砂〉I 仕事をする彫刻家

作家名:パブロ・ピカソ
制作年:1964年
技 法:アクアチント 紙
ピカソにおける「画家とモデル」のテーマは、バルザックの小説『知られざる傑作』に寄せた挿絵本(1931年刊)や、<ヴォラール・シリーズ>(1930-37年)のなかに、アトリエの画家や彫刻家とそのモデルとして登場しているし、1950年代にも年老いた画家のアトリエでの情景を描いたりしていたが、1963、64年ころから、絵画、素描、版画と表現手段を問わず、大量に制作されるようになり、これは1973年にピカソがなくなるまで継続された。そして、多くの作品には制作の日付が記入されるようになっていく。このテーマの作品として版画では、1968年の3月から10月にかけて制作された<347シリーズ>、引き続き1972年3月まで続けられた<156シリーズ>が特に知られているが、この<流砂>にも、そのテーマが色濃く反映している。<流砂>は1960年に亡くなった詩人ピエール・ルヴェルディの最後の作品に、友人だったピカソが挿絵を寄せたものである。作品は、1964年の2月と1965年の2、3月に制作されたものから、「画家とモデル」をテーマとしたものを中心に10点が選ばれた。出版はルイ・ブローダー、刷りは<347シリーズ>などを手がけたクロムランク工房。ここで用いられているアクアチントの技法はオーソドックスなものではなく、筆に酸をつけて直接腐蝕させたり(刷られる色は黒)、逆に版面に筆で防蝕液を塗ることで(刷られる色は白)、まるで筆で描いたような効果を出している。同じ「画家とモデル」扱った版画でも、たとえばエロチカと呼ばれることもある<347シリーズ>などが、エロティックな情景や欲望をストレートに表わしているのに比べ、これら、<流砂>の作品群は、画家自身の内面を覗き込むような繊細さを感じさせる。ルヴェルディは歌っている。「私は港を出る/狭い航路をとおって/そして私は死へともどってくるのだ、荷物ひとつ持たずに。」(※)晩年にいたるほどに自由奔放さを増して、制作点数も増え、精力的に活躍していったピカソだったが、それは反面、まるで何かに追い立てられていたようにも見える。生きた証を刻もうとするかのように執拗に日付を記入していった孤独なピカソの姿が、画面に描かれた画家の姿と重なって見えてくるようである。※ Goeppert,Sebastian , Herma Goeppert-Frank and Patrick Cramer, eds. Pablo Picasso ,The Illustrated Books:Catalogue Raisonne. Geneva: Patrick Cramer,Publisher, 1983. p.328


カテゴリー:作品
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

池田蕉園とは?【 作家名 】

1886年東京都に生まれる。旧姓榊原、名は由理、通称百合子。父は泉州岸和田藩士、母は国沢新九郎、本多錦吉郎に油彩画を学んだと言う。麹町女子学院卒業後すぐ、16歳で水野年方に入門。1907年(明治40)東京府勧業博覧会で2等賞を受賞。同年の第1回文展で3等賞を受賞したのを最初に、第2回展、第3回展、第4回展と連続4回3等賞を受賞した。その後も第5回展、第6回展、第8回展で褒状を、第9回展で3等賞、第10回展で特選を受賞した。彼女のこうした活躍は上村松園と比され、西の松園、東の蕉園と並び称された。1911年には、婚約以来8年もの紆余曲折をへて同門の池田輝方と結婚、16年(大正5)第10回文展では夫婦そろって特選をとるなど、おしどり作家といわれた。結婚後の蕉園は、夫輝方をもりたてるために第一線から身をひくようなところがあり、そのために夢を追うような初々しさのただよう美人画から次第に作風が変化、江戸っ子の典型のような輪郭のはっきりした女性像になっていく。1917年肋膜炎のため31歳の若さで没する。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

池田蕉園

キーワードを含む記事
2件見つかりました。

  池田蕉園

  上村松園


<前   次>

徳島県立近代美術館2006