テリアードから色刷り版画による挿絵本の依頼があったのは一九四三年。既に絵筆を持つのが困難になっていた
マティスは、筆をはさみに持ち替えて切り紙の要領で形を作り、それを
ステンシルで版画にした。文章も
マティス自身のものであり、手書きの文字をそのまま印刷している。サーカスや民話、旅行に基づいた図柄と、神、愛、自由などに関する
マティスの断想がつづられた文章のあいだには、説明的な関連はない。色紙を切り抜くことは、形のない色というものを、手応えのある物質としてつかみ取ることだったのかも知れない。そんな実体として捉えられた色が織りなす図版と、文章が喚起するイメージ、そして手書き文字の視覚的効果が共鳴し、一冊の書物に結実した
マティス晩年の代表作である。(「本と美術−20世紀の挿絵本からアーティスツ・ブックスまで」図録 2002年)