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ここのつのかお

九つの顔

作家名:パブロ・ピカソ
制作年:1934年
技 法:エッチング 紙
ガイザーの版画作品総目録(I-No.438)によると、タイトルは「技術的な習作、九つの顔」となっている。その名の通り、銅版画のテクニックについての習作である。テクニックの違いを正確に見分けるのは難しく、詳細な記述がなされているガイザーの目録によっても詳細は不明である。基本はエッチングである。上部の3つの頭は、コットンを丸めた物で薄い防蝕液(グランド)の染みを作り、何らかの溶剤をしみこませたコットンを巻き付けた棒で繰り返しつついて傷を付け、ドライポイントのような効果を出す試み。真ん中の3つの頭は、独自の配合で薄めた防蝕液をぬった上を、防蝕液を含ませた筆で取り除く。一番下の左側は薄めた防蝕液とコットンを巻いた棒、そして普通のエッチングによるもの。その右側については不明。(※)ピカソの技術的な実験をかいま見ることのできる貴重な作例であり、人間という主題が重要な位置を占めているピカソ制作のことを考え合わせると、実験に使用されたイメージが人間の顔であることも興味深い。実験作だけに刷りの数は少なく、制作された34年にはわずか2点のみ刷られ、42年に5、6点刷られた。61年になって、ようやく69点刷られ、ルイーズ・レイリス画廊から発行されたのは1981年になってからである。ちなみに、この展覧会に出品されている徳島県立近代美術館所蔵の作品は、以前はドラ・マールが所蔵していたものであり、1942年に刷られたものの1点である。画面右下に「段階刷り」、左下に「ドラマールへ、ピカソ」という書き込みがある。※Geiser,Bernhard and Brigitte Baer, eds. Picasso Pentre-Graveur, Tome II. Berne:Editions Kornfeld, Reproduction:1990 by SPADEM,Paris and PRO LITTERIS, Zurich. p.318-319(「変貌するひとのすがた ピカソの版画」(コレクション+αで楽しむシリーズ)図録 2006年)


カテゴリー:作品
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リプシッツとは?【 作家名 】

1891年リトアニアに生まれる。1973年没する。(イタリア、カブリ)本名ハイム・ジャコブ・リプシッツ。建築を学んだ後1909年パリに出て、エコール・デ・ボザールで彫刻と素描を学ぶ。1912年頃からモンパルナスに住み、エコール・ド・パリの作家達と交流する。1913年から形態を幾何学的に還元した彫刻を制作、15年からは人体をモチーフとした彫刻を制作、キュビスムの彫刻家と目されるようになる。1920年ローザンベール画廊ではじめての個展を開き、22年バーンズ財団の依頼で、ペンシルバニアに石の大型レリーフを制作する。1920年代以降は、自ら「透明彫刻」と名付けた軽快な線的彫刻を制作し、彫刻に新しい地平を開く。1930年代になると、作風は次第に有機性と神秘性を加え、闘争や抱擁をテーマにうねるような量塊によって深い感情表現を追求する。1941年以降ニューヨークに定住し、戦後はアメリカ各地に数多くのモニュメントを制作する。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)

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