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ふでや とうかん 筆谷等観
1875年北海道に生まれる。本名儀三郎。上京して橋本雅邦に師事。1900年(明治33)東京美術学校日本画選科を卒業した後、同校卒業生でつくる若手グループの大久保一党で活動した。1914年(大正3)の第1回再興日本美術院展に入選して院友となり、1916年には同人に挙げらた。その後1943年(昭和18)の第30回展まで、同展に出品した。戦後は日展に出品し、同展委員をつとめた。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)
カテゴリー:作家
抽象とは?【 美術用語 】 語源はラテン語のアブストラヘレ。対象の構成要素のうち、或るものを他から切り離して、ひき出すこと。絵画や彫刻においても、対象の本質的要素を選び出して描写する点において、多かれ少なかれ抽象の作用が含まれるが、美術上この概念が特別な意義を持つようになったのは、1908年にヴォーリンガーが「抽象と感情移入」において、芸術の根本衝動のひとつとして抽象衝動をあげ、これによって原始民族や東方の諸民族の非抽写的な美術を正当に評価しようとしたことと、1910年にカンディンスキーが、初めて対象的事物を描かない絵画を発表し、1912年には「芸術における精神的なもの」において絵画への道のひとつの極として純粋抽象を論じたことに始まる。これ以降、外的対象的世界を描写しない作品が次々と現われ、非具象(ノン・フィギュラティフ)、絶対、非対象、非再現などと呼ばれたが、最も一般的な呼称として抽象が普及した。また、抽象の出現により、それに対抗して再現的な表現を総括するために具象の概念が使われるようになった。 |
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