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影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


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わたしととりとおんがくと02.えびすまわし

わたしと鳥と音楽と (2)恵比寿まわし

作家名:山下菊二
制作年:1974年
技 法:油彩 キャンバスボード
山下は「おんがくのほん」という絵本の挿絵を描いています。挿絵は全部で八点あり、順を追っていくと山下の半生をたどることのできる自叙伝となっています。この作品は冒頭から二番目。山下の出身地、三好郡井川町辻で過ごした少年時代の思い出を描いてます。戦前の辻の町には恵比寿まわしという正月の行事があり、家々を回ってくる人形遣いの人形に頭をなでてもらうと、願いがかなうといわれたということです。人形に手を差し出しているのが、少年時代の山下です。いうまでもなく、そのころ普通の男の子の願いは、軍人になることでんた。しかしここで山下が願っているのは画家になることです。画面の右下にはひげを生やした将軍の姿がありますが、その下には絵筆とパレットを手にして将軍の姿を描く画家の姿があります。ところでこの絵には、人形や少年の後頭部などに、奇妙な目が描かれています。山下の作品には、しばしばこのような目が登場し、画面の印象を複雑なものにしてます。山下によると、この目は少年時代に感じた大人の視線だということです。少年時代の山下は度の過ぎたいたずらを繰り返し、町の大人の注意を集めていました。道を歩くといたるところで大人の目が光っているのを感じたといいます。画面の背景には影のように人々の顔が描かれていますが、この人たちも山下を監視しているのかもしれません。もっとも、戦争中に物事の本質を見極める目を持っていなかったという反省の意味も込められています。山下は戦争中、出征先の中国で軍の残虐行為に加担させられたといいますが、その時の反省だというのです。山下が描き残した作品には、さまざまな形で郷里の記憶が投影されています。その中でもこの作品は最も端的に現れた一点といえるでしょう。


カテゴリー:作品
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池田輝方とは?【 作家名 】

1883年東京都に生まれる。建具職池田吉五郎の次男。1895年(明治28)水野年方に内弟子として入門、鏑木清方荒井寛方、大野静方らとともに年方門の四天王といわれる。1902年日本美術協会、日本美術院連合の第12回絵画共進会展、翌年の第13回展で1等褒状を、4年の第14回展で銅賞三席を受ける。清方らにより1901年に結成された烏合会に参加。1903年同門の蕉園と婚約するが、紆余曲折の末、11年結婚する。この間、1907年川合玉堂に入門。1912年第6回文展で褒状を、第8回展で3等賞、第9回展で2等賞を受け、第10回展では蕉園とともに夫妻そろって特選を受賞した。1917年(大正6)妻蕉園が病没。1919年、石井林響、山内多門らと如水会を結成し、この年の第1回帝展にも出品するが、21年結核のため逝去する。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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徳島県立近代美術館2006