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すんしゅうかしわばらふじず 駿州柏原富士図
江漢は、油彩画や銅版画の材料や技法を研究することで、東洋とは異なった西洋絵画の物の見方を修得してきた。その成果が、彼の洋風画である。そうして得た表現を、日本絵画の材料と題材に置き換えたとき、画面にどのような変化がおこったのか。晩年に描かれた<駿州柏原富士図>は、田子浦付近の入り江と遠く広がる田園のかなたに富士山がそびえるようすを表している。ここには、油彩画のように塗り込めるようにして描いて実体感をつくるのではなく、簡潔な筆触と墨の濃淡や淡彩で表した遠近感と空間がある。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)
カテゴリー:作品
デュフィとは?【 作家名 】 1877年フランスに生まれる。1953年没する。故郷ル・アーヴルの美術学校を経て、兵役をはさみ、パリのエコール・デ・ボザールに学ぶ。はじめは印象主義の影響を受けた作風で、サロンにも出品するが、1905年のアンデパンダン展で見たマティスの作品に影響されて、明るい色彩と軽快な筆使いによる作風へと転じる。セザンヌやキュビスムの影響を受けた時期もあるが、独特のリズミカルな画面を保ち、フォーヴィスムの一員と見なされる。1937年のパリ万博では、電気館のための壁画を制作、52年のベネチア・ヴィエンナーレでは国際絵画大賞を受けた。 |
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