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しょしゅうたきざるず

初秋瀧猿図

作家名:森狙仙
制作年:不詳
技 法:絹本着色
狙仙は、現実味あふれる猿の表現で独自性を発揮し、さまざまな姿の猿を描きだした。そして、その狙仙が生みだした猿の表現が、森派の得意とする題材として受け継がれていく。たとえば、<初秋瀧猿>の腰を下ろした猿が流れる瀧を見上げる場面は、甥の森祖雪に似かよったものがあり、狙仙自身も、同一のポーズで飛ぶ蜂を見る猿を描いている。江戸後期の京都画壇では、狩野派の画法にあきたらない画家たちが独自の表現を築くが、新たな流派を形成して、題材や様式を受け継いでいく傾向があった。森派もそうである。しかし、猿をリアルに描こうとする傾向は、明治に至るまで、写実的表現を試みるためのひとつの題材として用いられたことも事実であろう。<初秋瀧猿>は、狙仙の墨書があることから、60歳以降の作品と考えられる。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)


カテゴリー:作品
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瑛九とは?【 作家名 】

1911年宮崎県に生まれる。1960年没する。本名杉田秀夫。1925年上京し日本美術学校洋画科に入学、1927年美術評論を始め、美術学校を中退。1930年からフォト・デッサン(感光紙と光源の間に物体を置いて、カメラを用いず露光させる技法=フォトグラム)を試み、1936年瑛九の作家名で作品を発表、同年グループ「新時代」に参加。翌年日本美術家協会設立に参画、戦後にかけて油絵とフォト・モンタージュの作品を発表。1951年、協会を退会し、デモクラート美術協会を結成。1950年代からエッチング、続いてリトグラフの制作を開始する。1952年にフォト・デッサンの、57年にリトグラフの、60年に油絵の個展を開催した。1957年には第1回東京国際版画ビエンナーレ展に出品している。シュルレアリスム風のフォト・デッサン、豊かな色彩の抽象絵画で知られ、戦前から前衛美術の先駆者として活躍した。また、日本の現代版画の貴重な指導者として、池田満寿夫等の多くの後進に直接・間接の影響を与えた。

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