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セザンヌ、救済院の礼拝堂



せせらぎ−版画集『自然の諸相』第12図



世相三題



セック



石鹸の道d)行為の断片”標的”



石鹸「モンサヴォン」(ジャン・カルリュと共作)



石膏のトルソと花



雪舟坐像



雪中孤鹿、雨中曳牛



雪中芭蕉図



雪後



背中を見せた女



せのひくいおれんじはまんなかあたり



蝉丸



セリュジェ



『セルフポートレート』



セルフポートレート



千秋万歳図



センストレム



「宣誓」に着手した時の3つの手の習作


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 作家(1701)

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くろばねしゅうへんけいかんず

黒羽周辺景観図

作家名:小泉斐
制作年:1825-26年
技 法:絹本墨画淡彩
本図は、黒羽城から望む東西二方向の風景を描いたもので、城東の図、城西の図の二幅から成っている。城山の木々を近景に置き、城下の家並みを見おろし、広がる水田から遠方の山々までを俯瞰的に捉えている。当時、写生表現は、京都や大阪、江戸などの文化的中心地だけでなく、全国的な範囲で広がっていたことの優れた実例である。書き込みから、城東の図が文政8年(1825)、城西の図が文政9年(1826)に描かれたことや、藩主の命令によって描かれたことがわかる。(参考文献)野中退蔵『栃木県の絵画』栃木県教育委員会 1981年、『黒羽町の文化財』黒羽町教育委員会 1997年。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)


カテゴリー:作品
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小泉斐とは?【 作家名 】

下野(現栃木県)芳賀郡益子に生まれる。益子の鹿島神社神主、木村市正の次男。一名を光定、壇山と号し、非分道人、壇森斎、青鸞の別号がある。若い頃は、木村勝と称した。那須郡にある高尾温泉神社の祠官小泉家の養子となり、祠官を継ぐ。50歳のとき、黒羽藩主、大関増業の命で、黒羽城北部に創建された鎮国社の祠官となった。画は、近江(現滋賀県)の酒造家で、下野と近江の間を行き来した島崎雲圃に師事。雲圃は、鮎などの写生を得意としたが、斐はそれを受け継ぎ、鮎や人物の表現で評価を得た。『壇森斎石譜』『富岳写真』を刊行。頼山陽、皆川淇園などと交流。高久靄●(あいがい)は、はじめ斐に学んでいる。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)

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